ご縁があって、猫にまみれる幸運に恵まれました。
まみれてみると、今まで出逢った猫のこと、また猫にまつわるエピソードなどを
思い出すことが多くなりました。
大学生のときに知り合った「猫好き」の友人は、子供の頃からずっと猫を飼っている人で、
猫がどんなにかわいい生き物であるか、そして猫と一緒に暮らすことがどんなに楽しいことか・・
といったことをよく私に話してくれました。
当時まだ猫未経験だった私は、彼女の話を聞いて「猫のいる暮らし」に憧れたものです。
ところが彼女の話のなかに「うちにまた子猫が生まれたの!」という台詞がちょくちょく入るので
そのうち『生まれた子猫はどうしているのだろう・・・』と思い始めました。
ある日、問わず語りに彼女が何気なく言ったことを今でもはっきり覚えています。
「生まれたばっかりの子猫を入れる専用の麻袋があって、それに入れて出すと役所が処分してくれるの」
顔色一つ変えず、何の罪の意識も感じてないことは明らかでした。
目もあかないちっちゃな子猫を無造作に麻袋に入れて口を縛る彼女の姿を想像して
背筋がぞっとしました。
信頼する飼い主自身の手で子供を処分される猫・・・(自宅裏の崖から生まれたての子猫を投げ捨てた坂東眞砂子を思い出します)
なんて哀しくて恐ろしいことでしょう。
でも当時の私はただ言葉を失うだけで何もできませんでした。
(それ以来、彼女とは猫の話を一切しなくなったのを覚えています)
そしてこれはつい最近のこと。
友人の家のそばに、シーズンになるたびに軒下で子供を産む野良のお母さん猫がいて、
小学生の娘さんは、よく生まれた子猫ちゃんを一時的に家に連れてきて「猫と一緒の時間」をたのしんでいたようです。
彼女の愛猫はそうやって家に連れてこられた子猫のうちの一匹。ラッキーな子です。
季節は巡り、野良のお母さん猫がまた出産しました。
小学生の娘さんは、ふたたびその中の一匹を家に連れてきたそうです。
ところがその子猫はひどい下痢をしており、すぐに元居た場所に返したんだとか。
「その猫、どうなったの?」
何気なく聞いたら彼女の口からこんな言葉が・・・
「死んだんじゃない??」
彼女が自分の愛猫をとてもかわいがっていることを知っていただけに少々ショックでした。
元の場所に戻したら死んでしまうかもしれないけれど野良猫はそうした運命にあっても仕方がない、ということなのか。同じいのちなのに。
「猫好き・動物好き」を自称する人のなかにも存在する「怖い一面」。
江東区の100匹も、その延長線上に起きた悲劇であるように思います。
うちの預かりっこルナちゃんは、自分を可愛がってくれた人によって自分の命が絶たれようとしていたことを知りません。
さて。
「ねりま猫」卒業生の希望の星(勝手に命名)は毎日元気に反り返ってます